すどう美術館のコレクション作品についてご説明いたします。
長年、会社員として美術に関係のない世界にいましたが、1982年5月、46歳の時に美術への扉が開きました。
たまたま伊豆にある美術館に行き、当時は名も知らなかった画家「菅創吉の世界展」を見たことがきっかけです。
はじめは、きれいな絵とは全く異質な世界に「これが絵か」と思いましたが、僅かな時間のうちに意識が180度変わり、もの凄い感動を覚えました。渋い色にも暗さはなくユーモアが漂い、何よりも絵を通じて画家の作品への姿勢が私の心を捉えました。
一緒にいた妻も同じでした。
「どうしてもこの画家の作品がほしい」と館長にお願いし、作品を1点譲っていただいたことが全ての始まりです。菅創吉は数日前に77歳で生涯に幕を閉じ、お会いすることは叶いませんでしたが。
菅創吉作品の魅力にとりつかれた私たち夫婦は、菅の出身地、姫路の美術館をはじめ、取り扱う画廊にも赴き、菅作品を中心に他の画家の作品も含めて絵を集めるようになりました。そして、収集した絵を自宅の壁に掛けて楽しむうちに「絵の役割は大勢の人に見てもらうことではないか」との思いが強くなりました。
絵を持つことの喜びと同時に「絵のある暮らし」から得られる心の豊かさを他の人にも伝えたい、と。
54歳になると町田市の自宅を開放し、収集した作品の展示を始めました。
「すどう美術館」、通称「世界一小さい美術館」の始まりです。当時会社員だったこともあり、妻が館長代理を勤め、夫婦で美術活動をスタートしました。会社生活が終わる62歳を迎える頃には多くの方の支援を得ながら「清水の舞台を飛び降りる覚悟」で銀座に進出し、10年もの長きにわたり活動を続けることができました。
2007年、現在の小田原の地に移ることになりました。これまでの自分の体験から、アートは人間が生きていく上で必要不可欠なもの「心のごはん」であると確信しています。その考えからコレクション作品の展示をはじめ、様々な美術活動を行ってまいりました。そして、活動はできる限り継続していきたいという思いがあります。
またその一方で、年齢を重ねていくにつれ、このコレクション作品を次世代へ引き継ぎ、未来へ生かす方法がないかと考えていたところ、Hamee株式会社(小田原市)創業者の樋口敦士会長さまとのご縁を得て、コレクション作品の寄贈をお受けいただきました。
その上、引き続きすどう美術館がこれらの作品を使って活動を続けてもいいとの温かいお言葉をいただき、今後も作品を生かせる道が開けました。
これからも様々な活動を通じて、一人でも多くの人に、作品との出会いによる心の豊かさが広がっていくことを願っています。
すどう美術館HP: https://www.sudoh-art.com/